「ほんとうの自分」なんて探してはいけない理由
「自分探し」の危険性みたいなことが言われるようになって久しいが、そう、やはり「じぶん探し」ということのアリ地獄にハマらないように気を付けたい。
なぜ、「じぶん探し」をしてはいけないのか。
それは
「そもそも自分などない」
からである。
そう、そもそも「実体のないもの」を「探す」なんて、タリバンの大量破壊兵器を探すようなもので、むなしい作業だ。
「自己などない」
ということについては、この動画を参考にしてほしい。
動画を見ない人向けに説明すれば、そもそも「じぶん」というのは
「学校」とか「会社」「AKB48」みたいに、
「ことばによって定義される概念」
でしかない。
あなたは、「学校」に触れることができるだろうか?
あなたは「会社」に居ることができるだろうか?
あなたは「AKB48」に会うことができるだろうか?
答えはノーだ。
学校に触ることはできない。
机に触ることはできても、それは学校そのものではない。
黒板に触ることはできても、それは「学校そのもの」ではない。
「会社にいる」と思っても、それは「オフィスにいる」のだ。
AKB48も、同じく、「人の集合体」に対する概念であり、「神7」が抜けても、AKBはAKBという「コンセプト」として残り続ける。
そしてまた「じぶん」も同じように「コンセプト」に過ぎないということだ。
あなたは「じぶん」に触れることができるだろうか?
あなたは「おぜっきー」に触れることができるだろうか?
あなたが触れているのは、「衣服」ではないか?
あなたが触れているのは「皮膚」や「髪の毛」ではないか?
そう、あなたは「おぜっきー」に触れることはできないし、あなた自身に触れることもできない。
それは、そもそも「実体がない」からである。
では、いったい自己とはなんだろうか?
ぼくの今の考えでは、
「自己とは、サイクルでありパターンであり、構造であり機能である」
ということになる。
どういうことか。
つまり「おぜっきー」という「実体」はないが、「おぜっきー」という「機能」は、「たしかにここにある」ということなんだ。
たとえば、ご飯を食べればウンコになって出てくる。
バカやろうと言われればムカっと来て、「素敵ですね」と言われたら嬉しくなる。
そういう「構造」は、「たしかにここにある」ということなんだ。
これは「方程式」とも言える。
「おぜっきー」という方程式に、「バカやろう」を代入すると「怒る」という解が出てくる。
Xに「素敵ですね」ということばを代入してみると、「よろこぶ」というYが出てくる。
でね、「自分を変える」なんてよく言うけれど、けっきょくは、この
「方程式を書き換える」
ってことなんよね。
で、たしかに、
「その人が元々持っていて、最大の機能を発揮できる方程式」
というのがあるように感じる。
その意味では、「じぶん探し」というのは、その方程式にたどり着くことと言えるかもしれない。
ぼくの場合でいえば、「書く」という作業を通じて得られる結果が最大化されるように設定されているように感じる。
そういった、いわゆる「才能」が発揮できる状態を探す、たしかにその行為には意味があると思う。
しかし、自己に「芯」のようなものはないと覚えておいた方がいい。
「芯」や「塊」のような物体はない。
あくまで「ほんとうの自分」というのは「構造体」なんだ。
しかも「刹那ごとに変化し続ける構造体」なんだよね。
そしてそれは、すごくやわらかい。
だから、その「やわらかな構造体」を「「都合の良い構造体」に変化させていけばいいんだ。
つまり
「いったい自分は、どのパターンにハマっているのか?」
「都合の悪いサイクルにハマっていないか?」
そういうことを模索していけばいい。
そのためには
「何が不満なのか?」
をしっかり見つめる事。
「こんなもんでいいよ」
「別に欲しくないし」
「面倒くさいし」
なんてことばで、誤魔化さない。
「欲しいものは欲しい」
「要らないものは要らない」
とはっきり明確にする。
そのときはじめて「不要なパターン」にハマっていることに気づけるんだ。
さて、あなたは自分のホンネをごまかしていないだろうか?
不本意なパターンにハマっているのに、
「こんなもんだ」
とあきらめていないだろうか?
あなたには、もっともっと満足できて悦びを感じられるパターンがあるはずだ。
もっともっと自己の可能性をひらける方程式に出会えるはずだ。
そのためには、きちんと自分の心にある
「小さな違和感」
を見逃さないこと。
ごまかしていること。
観ないようにしていること。
それと向き合う。
そのときはじめて「不要なパターン」「修正したいサイクル」が見えてくるだろう。
そこまできたら、あとは「やわらかい構造体」に少しづつ手を加えていくだけだ。
またそのあたりも、順次書いていきたいと思うので、ぜひご期待いただきたい。